99.1.30 下北沢本多劇場にて
今回はナイロンのサイドセッション#8を観に行って来ました。サイドセッションを観るのは初めてです。ナイロンの本公演と何が違うのかは何でしょう?ナイロンじゃない役者さんが沢山出演する(本公演にも沢山出てるし)作・演出はケラさんだし、舞台監督は違うし、本公演とサイドセッションの違いは何なんでしょうね。
今回は「ロンドン→パリ→東京」というタイトルの通り、少年探偵団のお話です。全然関係ないですね。芝居のタイトルは大抵の場合、内容が決まるよりずっと先に決めなくてはいけないらしいです。
このタイトルは昔の週間明星の海外旅行特集から取ったらしく、その時点では内容は全然決まってなかったようです。最初は「八十日間世界一周」みたいな旅行モノにしようかと思っていたらしいが、やめ。次は宇宙人と会社員の対決にしようと決めたら、制作の人が「少年探偵団にしましょう」の一言で少年探偵団モノに決定!
演劇を作るうえで最も偉いのは制作の意見らしいのです。
演劇の場合タイトルと内容は必ずしも一致しない事を覚えておきましょう。
今回の「ロンドン→パリ→東京」はナンセンス・コメディーだったので、カナリ出鱈目です。ストーリーをザッと話してみようと思うのですが、ムズカシイ。シチュエーション的には「昔の夢を追うことに夢中になるばかり、他人への迷惑を省みることを忘れてしまっている人」てなカンジでしょうか。
で、毎回オープニングスライドショーで見せてくれるナイロンですが、今回は別にこれと言って特別なことはしてなかった。その代わりに劇中劇とでも言いますか、チョッピリ変わった事をやってくれました。いつもはスライドショーでやる様な事を直接芝居でやってました。内容は公演中の携帯などのベルの音についてのお話。
芝居が始まって5分位過ぎたあたりでしょうか、大倉さんが新聞を読むシーン。あたかも暗いニュースであるかのように「”上演中に、また携帯電話のベル”か。いるんだなあ、こういうのが。」と大倉さん。すると後方で謎の男が(後に恐怖の大王と分かるが)「殺してしまえばいいんだそんな奴。」と。大倉さんビックリして振り向くと舞台は暗転。そしてアナウンスが入り「本日はナイロン100℃サイドセッション”ロンドン→パリ→東京”にお越し頂きまして誠にありがとうございます。開演してしまいましたが、何度言ってもわからないお客様の為に予定を変更して、新作”バカは二度注意されてもベルを鳴らす”を上演せざるを得ません。」のアナウンスに続きショート劇中劇が上演されました。
まあ、これもナンセンス・コメディーに徹したおかげと言うか、何の脈略も無い事をやっても「ナンセンスだから」で片付くんですから(いや、何やってもイイってのがナンセンスって訳じゃないな。日常の普通の事をしているつもりが何時の間にか、何かヘンだぞ?間違ってるぞ!ってカンジのが本当のナンセンスなんだが、まあ似たようなもんか・・・)(だから違うって!)でも、ナンセンスが嫌いな人も居るんだな、一緒に観た子は嫌いみたいだ。ただ面白いだけでは嫌なもよう。ケラさんもナンセンスが大好きだったはずだけど、近頃の芝居ではチョットご無沙汰ぎみだった。で久々のナンセンス・コメディーの芝居今回はオイラはイイと思うけど。「面白ければ何でもイイじゃん」ってのがオイラ。脈略の無さなんかナンセンスの魅力ってのを分かって欲しいものだ。
出演は
●十日家タモツ(犯人)・・・大倉孝二(犯人は犯人探しの名人の略)
●オイロケ・・・新谷真弓(オイロケはちょっとおしゃまなチビスケさんの略。いったいどこが・・・?)
●ハカセ・・・大山鎬則(ハカセの本名はハカセヒロシ。博士博士と書く)
●ヒラメ・・・村岡希美(ヒラメはヒラメと呼ばれたくないステキな女の子の略)
●明智先生・・・清水宏(少年探偵団の先生?)
●野々村切人(キリヒト)・・・小林高鹿(少年探偵団の敵)
その他いろいろ。 (その他出演者の方スイマセン)
それで、ストーリーはカナリめちゃくちゃなんで面白い所を掻い摘んで書いてみることにしよう。
まず、「紙芝居」どんな場面で出てきたかは面倒なんで書かない。まあ、ストーリーがめちゃくちゃなんで書いた所で分からんだろうしな。
変装した明智先生と犯人が他の少年探偵団メンバーに紙芝居を見せる。その紙芝居がなんともチープ。まず、紙芝居を始める前に犯人達がメンバーにオモチャをあげるんだけども、そのオモチャがなんとも・・・。
犯人がオイロケに「ホラお嬢ちゃんにはこの風船をあげよう。」オイロケが「わーいフウセンだぁフウセンだぁ!」と受け取るが、犯人が手を離すとダラリと風船がたれたので「たれたぁ」とべそをかくオイロケ。その風船のたれ方がなんともイイ。風船だからふわっと浮かぶと思うのだが意表を突いてダラリとたれたのが笑う。
とべそをかいているオイロケに明智先生が「そういうと思って、はい、たれない風船」と言って今度は普通に浮かぶ風船をオイレケに渡すと「わーい!」と受け取った瞬間、犯人が「割ったりして」と針で風船を割ってしまう。で、またオイロケがべそをかいてしまう。新谷さんの泣き方ってケッコウ好きだな。
次にヒラメに吹くとビロビロ~っと伸びる笛を見せて「これ知ってるかな?」と聞くとヒラメは「知っとるよそんなの」明智先生が笛を吹くとビロビロ~の部分がすごく長いの。いや本当にスゲー長いのよ。長すぎてトーゼン戻らないけど。
最後にハカセには「おじちゃんの好きなとこ触っていいぞ。」「ただし二時間だけな」「どうした。普段、おとうちゃんしか触らせてくれない場所とかあるだろ」こんな怪しげなとハカセと明智先生やり取りがよい。
そして紙芝居。タイトルからして怪しい「人間の門、あるいは、人はいかにして毛沢東に変装するか?」やっぱり変装だ。「人生とは、例えて言うならば、エロスとタナトスの海に反射して歪んだ、ソクラテス的な幾何学模様の、ゆうつな光の破片です。」なんだが分からん事を言いながら紙芝居が始まります。そして始まった紙芝居はドロドロした抽象画。むずかしすぎ、言ってる事も絵も。そんな抽象画が何枚か続いた後、突然気の抜けた話しになる。これこそナンセンス。高性能ロボット鉄拳ヘビ吉や大豆親分が登場、そして大豆親分の必殺技が「光光線」(ひかりこうせん)いっいたい・・・。そしてさっきまでの抽象画とは打って変わって、やる気の無い絵。
う~ん、こう書いても面白さが伝わらないんだろう。私の文力が無いからか・・・。
そして後半のスライドショー。ノストラダムスの有名な四行詩「1999の年、7の月、空から恐怖の犬玉が降ってくる」そう、大王ではなく犬玉と犯人が言う。そこで犬玉のイメージのスライド。空から幾つもの犬の顔の付いた玉が降ってきて、地上の人々は恐れおののいているってスライド。
そのスライドを見て「同じ犬玉でもね、こんな感じならね」とスライドが変わる。犬がスヌーピーになり恐怖に怯える人々もチャーリー・ブラウンやルーシーやライナスになる。またそのスライドを見て「でもこれじゃ恐怖じゃないでしょ、恐怖の犬玉だから、こんな感じ?」と言ってスライドがなんかホラー調の犬に怯える人々も楳図かずおのマンガ調になる。
とそれを見てスチュワーデスが「困ります。じゃあこれで」と言いスライドが全く関係の無いファンシーなだけのスライドになる。そして犯人が「いやだから私も何度も同じ事を言いたくないんだけどさ、恐怖じゃないじゃない?あと犬玉でもないし」と文句を言うとスチュワーデスは「あ、じゃあこうします」と言ってスライドがファンシーな犬はそのままに、怯える人々がオバQになった。「あ、これならね、Qちゃんはね」「Qちゃんはそうなんです」
ひゃっひゃっひゃ~、やっぱりナイロンのスライドショーは面白いわ。分かるかな?
この他にも、今回は影絵なんかもあって盛りだくさん。
う~ん、今回みたいなナンセンスコメディーはもう見てみなくちゃ分からないんだ。戯曲なんかでも、面白さが伝わらない。全開のフローズンビーチみたくストーリーが有るのは戯曲で内容は伝わりやすいんだけどね。いかんせんこれは・・・。
で、今回セリフを多々書いてみたがこれも、パンフレットに付いていた戯曲のおかげである。戯曲とは要するに芝居の台本だな。これがあるおかげでセリフなんかを忠実に再現できる。でも、芝居を見ていないと戯曲を読んだ所で???だ。
昔、ケラ著の「私戯曲」を読んだ。そこには「カラフルメリイでオハヨ」が書かれていた。当時は面白さがサッパリだったが、実際に芝居を見ると面白さが分かる。戯曲を読んだ事の有る人は、なんとかその芝居を見る事をオススメしたい。
最後に恐怖の大王役の田中嘉治郎さんがカッコイイ。
